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尾八重神楽タイトル画像

■《関連ニュース》平成29年1月28日 記

「米良山の神楽」国選択文化財に

国の文化審議会は、平成29年1月27日、尾八重神楽(西都市)、中之又神楽(木城町)、村所神楽、越野尾神楽、小川神楽(西米良村)五つの神楽を「米良山の神楽(めらやまのかぐら)」として「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」(選択無形文化財)に選択するよう答申したとのことです。
当サイト内、ブログ記事  「米良山の神楽」、国の選択無形民俗文化財に

尾八重神楽(おはえ神楽)西都市

平成28年度の夜神楽三十三番奉納は、11月26日(土)〜27日(日)です。

この写真は平成19年11月22日ー23日、宮崎県西都市尾八重神社で奉納された尾八重神楽を撮影したものです。

[1番-6番] [7番-8番]動画あり] [9番-15番動画あり] [16番-20番] [21番-27番] [28番-33番]
尾八重神楽 御神楽囃子→囃子テキスト版(IE5.5以上対応) 画像版(すべて対応版) 




尾八重神楽 宿神

神楽とは

神楽は五穀豊穣、豊猟(漁)、安全と健康などに感謝し、一年の安定を祈る祭りです。

夜を徹して33番が舞われる宮崎県西都市の尾八重(おはえ)神楽(県指定無形民族文化財)を写真でご紹介します。 
尾八重神楽は、米良神楽の系統になるそうです。

西都市、尾八重(おはえ)

尾八重(おはえ)は旧東米良村。宮崎県西都市の西米良村側、山間部に位置します。
元を「雄八重」と称し、急山間地にあって比較的緩やかで肥沃な土地柄、人々が古くから居住し集落を形成していたようです。

[尾八重までの道順]

尾八重は西都市街地より西(西米良方面)へ一ツ瀬川に沿った国道219号線を走り、一ツ瀬ダムの手前にある一ツ瀬発電所を過ぎたところを右折します。(ひむか神話街道の標識がある。)
尾八重神楽は一ツ瀬川の支流となる尾八重川沿い、「ひむか神話街道」と名の付いた道を北へ約15km程入ったところにある集落で行なわれます。

219号線からの道 別名「ひむか神話街道」は離合出来ない部分も多く、また、ガードレール等も完全整備されておりません。イメージ的には、舗装された林道と思っていただければ良いかと思います。

ひむか神話街道から分岐後は狭い坂道等もありますので、暗くなると標識等も見逃しやすいですし、運転も精神的にかなり疲れますので、はじめての方はできれば明るい内に移動、暗くなっての走行はなるだけ避けた方が良いと思います。

右の概略図は当日いただいた資料の概略地図を基に当方で加筆、作成したものです。
湯乃片神社・一本杉前の道路は特に狭く、車一台分位の道幅・離合ポイントも少なくカーブも多く、落石の危険、ガードレール等も無く、路肩も危険な部分が多いので、尾八重へのルートとしては使用しない方が良いです。

尾八重神社概略地図尾八重へのルート地図 2

尾八重地区の地図サイトのリンク
緯度経度も書いておきますが、あくまで当日、現地の道路標識等を参照してください。
西都市大字尾八重の地図(Mapion) N=32/16/16 E=131/18/40 (この付近です) 地図 国土地理院

大椎葉トンネル入り口に、尾八重神楽(宿神)と有楽椿が描かれた壁画?モニュメント?オブジェ?パネル?、なんと表現したら良いのでしょう?見た感じ焼き物の風合いのような?・・が、ありました。(平成23年12月画像追加)

大椎葉トンネル 尾八重神楽と有楽椿が描かれた壁画 大椎葉トンネルの壁画 尾八重神楽と有楽椿が描かれた壁画 拡大


尾八重神楽 8番 宿神

宮崎県指定重要無形民族文化財 尾八重神楽の概略

 尾八重神楽は、保安2年(1121年)、米良山中、尾八重湯乃片に安住の地を求めたた壱岐宇多守幸延(湯乃片神社祖)が神楽伝習所を設けて普及させたと伝えられております。
 尾八重神社は永正8(1511)年、当時の自頭 黒木吉英により創建されたもの、後の米良(菊池)氏支配下における例祭(領主主催)に代々神楽は奉納され今日に至ったものとされる。
 神楽は修験色が濃厚で随所にみられる山伏特有の鎮魂動作「返閇(ヘンベ」を踏んだり、俗にいう「カラス飛び」等が象徴的。 
“米良系”の神楽ですが、同じ東米良の「銀鏡神楽」とは趣の違った部分もあります、しかし土地の神々が“降居”する番付前半の部分等は銀鏡神楽等と通じるところもあります。

例祭日は、古くは 旧暦 12月13日 明治後期より1月29日 12月25日と変更され、今日では毎年11月第四土曜日、神楽は土曜日午後7時より翌日曜日午前10時までとなっております。(平成21年時点の情報)

平成23年度は 11月26日(第四土曜日)午後7時より夜神楽奉納(始め)、27日午前10時(舞上)となります。

昭和48年西都市の指定を経て、昭和56年3月10日宮崎県指定無形民族文化財に指定されております。


湯之片神社の祖 壱岐宇多守(いきうたのかみ)

湯之片神社壱岐宇多守は、鎮西志麻、壱岐、原一姓也、清和源氏より出ずる、とある。
 日向国三宅に八十八町の知行を授かり、国分の地に社人として迎えられたのが始まりとされている。
 壱岐宇多守は権威のある神主で、現在の西都市妻の妻萬(都萬)神社に社人として奉仕していた。易事にも秀でた法者でもあったという。壱岐宇多守は神主だけに留まることなく、更に己を磨くため法者の道を究めんと修験者となり、米良山中湯之片の地に移り住むことを決意したのである。
 保安二年(1121)湯之片神社(修験道場)を開き、湯之片神社を世襲して壱岐家の祖となったのである。
 湯之片を安住の地と定めた壱岐宇多守は、神主として山人の生活の安全や豊猟の祭り事を斎行しながら、法者の道も究めていったのである。

 壱岐宇多守(いきうたのかみ)(湯之片若宮大明神、尾八重神楽の祖)神面の舞  元々、尾八重地域には先住の人々が生活を営んでおり、先住者と共に山岳信仰の道を開き進める中で、山の法者として、山の神主として、神祭りを重要な祭りとして位置づけ、集落ごとに鹿倉(狩倉)宮を置き、狩猟祭りと合わせて、芋文化の始まりである。焼畑農法(火伏祭り)等を斎行しながら、地域住民の信頼を深めていったのである。
 地域住民の拠所(よりどころ)となったのが湯之片神社であり、壱岐宇多守は、この地に神楽伝習所を設け、神楽の普及を進めた。湯之片神社が尾八重神楽の発祥の地とされ、壱岐宇多守が創始者として今に伝えられているのである。
 壱岐宇多守は湯之片若宮大明神として祀られ、尾八重神楽番付の中で一番初めに降臨される鬼神であり、神楽の祖であることに因んで花鬼神として.奉舞されるのである。

湯之片神社の地図 → 国土地理院サイトリンク

 (文は みやざき民俗 第63号 八重神楽発祥の地 湯之片神社の祭りと歴史 中武貞夫 より一部引用しました。)

尾八重神社

宮崎県西都市大字尾八重859-ロ鎮座  尾八重神社の写真
祭神 大山津見神 大国主命
尾八重神社
永正8年(1511年)時の雄八重領主 黒木吉英により鎮守神社として創建された。
以来雄八重村の主な神社として篤く尊敬され、領主が黒木氏から米良(菊池)氏に移った後もその存続維持は領主が専ら担当してきた。(米良氏の代に雄八重を尾八重に改めたという。)
その後、明治4年(1871年)廃藩置県の際「銀鏡神社」に合祀されたが村民の敬神の念は非常に篤いものがあり、祭典は村触役を決めて厳修されてきた。しかし「銀鏡神社」は遠隔の地でもある事から明治13年(1880年)に至り村民挙げて神社復旧のことを請願し、同年12月4日「村社、尾八重神社」となり。氏子、人民協議の上保存維持することになった。

この神社には米良(菊池)家以前の領主 黒木兵庫頭重常父子が祀られており、重常の婦人は同地区内にある「湯之片神社」に祀られている。その後「尾八重神社例大祭」の折には「湯之片神社宿神」が舞に入るようになった。一方「湯之片神社例大祭」の折には同家(黒木家)の悲劇を折りこみ、序奏として対面の事が行われ、鎮魂性の濃い構成となっている。

(以上は、尾八重神社の説明は当日いただいた「尾八重神社案内記」より抜粋引用しました。)

尾八重神楽 尾八重小中学校後と神庭風景 16:29 
尾八重小中学校跡 平成23年春

尾八重小中学校跡


 尾八重神楽は、現在は尾八重神社の隣に位置する昭和57年に廃校となってしまった尾八重小中学校の校庭に神庭を作り奉納されております。
運動場だったところでしょうか・・広場は駐車場となり、校舎、体育館は当日は休憩所や仮眠所等として利用されておりました。 

 神楽の始まる前に少しの間、開放された校舎の廊下を歩いてみました。
四半世紀間、時間が止まっているかの様な校舎の中、ふるさとへ帰って来た時の為に、あえてそのままにしてあるのでしょうか、今でも当時のまま壁にかけられた賞状や絵などがとても印象的であった。
目を閉じると、こののどかな谷あいのこの学校に子供達のにぎやかな声が聞こえてくる気がしました。過疎の波はどうにもならない・・・ここでも山村集落の過疎の現実を垣間見る。

一年に一度、神楽の時、ふるさとへ帰って来る人も多いと聞きます。
実はこの神楽を舞っている殆どの方も尾八重を出て他所に住んでいる方であり、神楽を舞いに毎年帰って来ると聞きました。
大変だとは思いますが、伝統ある神楽をいつまでも続けて欲しいものです。

左下の校舎の写真は、平成23年4月に撮影、追加したものです。

尾八重神社例大祭 〜 御神体は尾八重神社より神庭へ

尾八重神社例大祭では午前中「しめ上(しめ立ての儀)」・猪鹿場(ししば)祀りが行われ、午後4時より本殿祭(初詣り)がとりおこなわれ、午後5時頃、尾八重神社より御神体が神楽の舞われる神庭前にある神座上へと運ばれます。
神座上には供物等そなえられている、綱神楽で登場する八俣大蛇(やまたのおろち)等も・・上には注連(しめ)がそびえる。
囃子等はこの丁度下で行われます。

尾八重神楽 尾八重陣屋より神楽の舞われる神庭へ 17:13尾八重神楽  尾八重神社 御神体 17:14 尾八重神楽 御神体 神庭着 17:15

尾八重神楽 神事 17:21尾八重神楽 神庭


受付へ*初穂料を奉納、その後体育館で直会(なおらい)が行われたので私も一夜の氏子として参加させていただいた。

受付でいただいた引換券でシシ汁と折詰を頂き焼酎も頂く。どれも味付けが絶妙で、とても美味しくいただいた。
特に、普段なかなか食べる事の出来ないシシ汁はめづらしく、しかも体が温まる!
帰りは明日なので今日は焼酎もいただきます・・・一升瓶でお酌をいただく、ありがとうございます。いける口なんです(^^;)

*初穂料は神社でのお賽銭と同じ意味合い+神楽を舞う方へや関係者への感謝の気持ちで包みます。
今回の様に受付にて直会(なおらい)の儀式料理等の交換券等を頂く場合もありますが、初穂料は食事代やお酒の対価という意味合いではありません。
「ふるまい」はその地区等の慣わし等で行われるものであり、地区や、その年によっても違います。

神庭脇では、特設の売店が神楽の舞う間中開設され、巨大な鍋にシシ汁、うどん、ぜんざいなど、いろいろ食べる事が出来る。(有料)神楽の合間、夜中にうどん(300円)を頂いた。
空腹と冷え切った体にこのような暖かいものがすぐ隣でいただけるのは本当にありがたい。感謝。
数箇所でガンガン火もたかれ、神楽の合間にしっかり暖をとる事が出来た。時折生竹がボン!と大きな音を立てている。
尾八重神楽 直会(なおらい) 18:00尾八重神楽 お店 17:22焚き火 17:33


直会を終え、再び神庭へ戻り、神楽の見学場所を決めた。
神庭の周り2面は土の上に畳が何畳も敷かれ、畳に座ってゆっくり神楽を見学する事が出来るようになっております。
私は、神座、外注連を背景に入れることの出来る斜めの位置に携帯の椅子を置いてここから見学させていただく事にした。

闢開幣地元の方でしょうか・・コタツ持参でゆっくり神楽を楽しんでらっしゃる方もおりました。
お話を聞くと遠くは関東や神戸からいらしている方も。 
皆様、思い思いにそれぞれ神楽を楽しまれているようでした。

西都市の画家、弥勒さんもいらしてました。
夜を徹して大きなキャンバスから小さなものまで種々のキャンバスへ向かってらっしゃいました。

 今回の神楽見学者はそれ程多くもなく少なくもなく、程よい位の人数、ゆっくりおちついて、じっくり見学できました。 

神楽神楽は午後7時頃より始まり翌日午前10時頃まで夜を徹して舞われます。
尾八重神楽神楽33番の画像は最上部にあるリンクをクリックしてご覧ください。


平成十九年度「尾八重神楽」番附

順番 演目 舞方 着面 説明 参考時刻
しめあげ 二人舞   お神楽斎場の出来たことを祝う舞(初参舞) 18:58
清山(きよやま) 二人舞   お神楽の始まりを告げ、お祓いをする舞(初参舞という) 19:21
地割(じわり) 二人舞   天地を鎮め、斎場を清める舞 19:39
幣差(ひさし) 二人舞   幣飾りの舞(天太玉命(あまふとだまみこと)が岩戸開きの時しめ縄を張って造らせ舞った神楽。花鬼神の地舞 19:49
花鬼神(はなきじん) 一人舞 壱岐宇多守(いきうたのかみ)(湯之片若宮大明神、尾八重神楽の祖)神面の舞 20:02
大神神楽(だいじんかぐら) 二人舞   大直日命(おおなおびのみこと)、神直日命(かむなおびのみこと)のお祝いの舞 20:12
宿神地舞(しゅくじんぢまい) 二人舞   初参舞 20:56
宿神(しゅくじん) 一人舞 湯之片神社面の舞(岩清水正八幡大神) [動画]
 鎮守神楽(ちんじゅかぐら)の前に巫女4名による舞があった。(21:52)
21:10
鎮守神楽(ちんじゅかぐら) 二人舞   八幡の地舞 22:16
10 八幡(はちまん) 一人舞 尾八重八幡神社神面の舞 22:20
11 八社神楽(はっしゃかぐら) 八人舞   八ツ尾鎮座の社に奉納する舞(初参舞) 22:43
12 八子舞(はちこまい) 二人舞   稲荷大明神の地舞(お膳に鏡と芋を持って舞う)。初参舞 23:04
13 稲荷鬼神(いなりきじん) 一人舞 稲荷大明神、湯之久保鎮座神面の舞 23:12
14 四方鬼神地舞(しほうきじんぢまい) 四人舞   幣差の舞 23:40
15 四方鬼神(しほうきじん) 五人舞 東西南北中(五方)の神面の舞 23:45
16 獅子舞(荒神)(ししまい・こうじん) 三人舞 獅子と荒神の舞(獅子の霊を祀る)。狩猟民族の生活と獅子との共存の姿を伝える舞 00:37
17 ばんぜき 一人舞   天鈿女命(あめのうずめのみこと)神面の舞(豊作と子孫繁栄を願うとともに、生活文化を
伝えながら廻るオゴゼの役でもある。)押して転ばせる所作もある
01:13
18 神和(かんなわ) 一人舞 大神様ともいい、下照姫(しもてるひめ)の舞いで天若彦を慰め祀る神面の舞 01:36
19 四人神崇(よにんかんすい) 五人舞   五方の神と十二支を鎮め祀る舞 02:01
20 一人剱(ひとりつるぎ) 一人舞   剣の舞 02:53
21 大将軍(だいしょうぐん) 二人舞   武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)の舞(狩猟生活の表現)柴荒神の地舞。 03:07
22 柴荒神(しばこうじん) 一人舞 ■(しめ?)の因由を説き、一大三千界の森羅万象三歳の神■・神面の舞  03:39
23 綱地舞(つなぢまい) 二人舞   初参舞 04:22
24 綱荒神(つなこうじん) 一人舞 素盞鳴尊(すさのおのみこと)神面の舞 05:00
25 綱神楽(つなかぐら) 四人舞   素盞鳴尊、八俣乃大蛇(やまたのおろち)退治の舞
藁縄で作った八俣乃大蛇(やまたのおろち)を最後に切る勇壮な舞
05:18
26 繰落し(くりおとし) 二人舞   蓑・笠取りの舞(農耕文化を説く)。衣笠荒神の地舞 05:51
27 衣笠荒神(みかさこうじん) 一人舞 天神地神を鎮め、天地陰陽を説く神面の舞 06:25
28 伊勢神楽(いせかぐら) 一人舞   岩戸開き解説の舞 06:52
29 手力(たぢから) 一人舞 手力雄明神(たぢからおのみょうじん)、天岩戸の口開け神面の舞 07:25
30 戸開(とびらき) 一人舞 戸隠雄明神(とかくしおのみょうじん)、岩戸取り払い神面の舞 07:42
31 お清(おきよ) 二人舞   火の神・火伏せの舞 08:04
32 百弐拾番(ひゃくにじゅうばん) 十二人舞   諸々の神、喜びの舞い。参拝者も参加して舞う。(十二支を祀る)幣差の舞 08:45
33 舞上(まいあげ) 一人舞   神楽の終わりを告げる舞 09:23

上記番附、由来等は、当日頂いた資料「尾八重神社 尾八重神楽保存会 発行の 資料 尾八重神楽の案内」を参考に書いた。また、装い等一部は 尾八重神楽解説書 神楽唄・問答全集(監修 日高正晴 / 尾八重神楽保存会)も参考にさせていただきました。

手力(たちから)戸開(とひらき)百弐拾番(ひゃくにじゅうばん)舞上(まいあげ)

参考として追記記載した時刻は、当日撮影したカメラのデーターより抽出した時間で、その番付のおおよその舞われていた時刻であり、開始時刻ではありません。神楽番附により撮影したタイミング、サンプルとして使用した時間ははまちまちです。
注記 7番(宿神)の後に少女4名による「浦安の舞」が舞われ、華を添えておりました。(小中学生による順送りで行われているようです。)
浦安とは心の安らか(おだやかな心)という意味で、平和を祈る心の舞です。
主な画像はクリックすると別ウインドウに1024pixに拡大しますが素面(すおもて)舞については肖像権等もありますので、サイズを考慮しております。不都合等ございましたら連絡頂ければ対処します。

祭りの後は寂しい・・・。

素晴らしい神楽でした。ありがとうございました。いつまでも続けて欲しいです。

尾八重神楽 御神体は再び 尾八重神社へ 9:53尾八重神社 9:54尾八重神社 9:54







尾八重 DATA 他

尾八重神楽は米良神楽です。尾八重地区は東米良村であったが昭和37年(1962)に宮崎県西都市に合併した。
東米良の神楽には、銀鏡 12月15日 八重稲荷 11月28日 がある。
尾八重の現在の人口は当方は把握しておりませんが平成12年度国政調査の資料によると尾八重全体で68世帯。

神楽ではありませんが周辺スポットを少し紹介

尾八重一本杉

西都市指定天然記念物、樹齢推定450年の杉の巨木。杉らしからぬ枝振り、どっしりした姿にに圧倒される。
国道219号線より、ひむか神話街道を南郷方面に向け走り、湯乃片神社の標識のある分岐(上記地図)を左折すると分かりやすいと思います。
ここへの道は大変狭く、離合ポイントもあまり無いので、十分注意して走行してください。
簡易舗装の林道・作業道といったイメージの道路。運転に慣れてない方はもちろんの事、落石(とがった石なども)など路面にあります、ローダウン、超扁平タイヤ・太リムホイールの方にはオススメしません。
尾八重の一本杉は、道路から300m程歩いたところにあります。 くわくは→ 尾八重の一本杉
尾八重一本杉 01尾八重一本杉 02

有楽椿の里

宮崎県指定天然記念物「樅木尾有楽椿」等樹齢500年近い椿が群生。花季は12月から4月頃まで。
椿をメインに公園化されており、トイレや休憩の大きな東屋等も完備、ドウダンツツジや、モミジなどいろいろ植栽されておりました。 → 有楽椿の里(花の写真はなし)

尾八重地区に関する関連情報リンク等

歴史の散歩道 尾八重神楽(西都市)、
ひむか神話街道を巡る旅 尾八重 みやざき旬ナビ 街道 歴史のロマン西都(宮崎観光コンベンション協会)
みやざきのうたと芸能より 尾八重とめ女(じょ)(宮崎県)

交通規制等の情報リンク
ひむか神話街道交通規制情報(更新されてない場合がありますので最新情報は宮崎県道路規制情報で)  
宮崎県道路規制情報(高速道路および国道10号・220号線はのぞく)
[神楽での初穂料の奉納]

受付がありますので、焼酎2升、または現金3,000円程度を「初穂料」として包んだものを奉納します。
これは、神社でのお賽銭と同じ意味合い+神楽を舞う方、関係者への感謝の気持ちであり、「ふるまい」等の対価ではありません。

[このページの肖像権・プライバシー権について]

神楽を舞われている方はおそらく問題ないとは思いますが、素面の画像は、あまり大きなサイズに拡大しないようにようにしました。背景に写る拝観客の方はできる限り顔が認識出来ない様なアングルの写真を選びました。
何か問題等あるようでしたらメール頂ければすぐに対処しますのでご連絡ください。

[その他]

当方のブログ「ひむかブログ2」にも同様の内容ではありますが尾八重神楽の記事記載。→[尾八重神楽 西都市]


[新聞記事などメモ]

平成23年11月29日 宮崎日日新聞朝刊より一部引用
県の無形民俗文化財「尾八重神楽」が26日から27日にかけ、西都市の尾八重神社(中武貞夫宮司)で夜を徹して奉納された。
今年は同神社の創建500年で節目の年となり、県内外から大勢の客が訪れ伝統の舞を堪能した。
(中略)
 創建500年を迎え、同神社は今年、参道や記念碑を整備。神楽保存に尽力し、特別表彰を受けた宮崎市小松の後藤宰さん(哲は「過疎は進んでいるが、神楽のために集い、心情を一つにして伝統を守っていきたい」と気持ちを新たにしていた。
中武宮司は「先祖が残した神楽を残すために今後も頑張りたい」と誓った。
← (著作権上問題ありますので新聞画像はこの程度で。)  

〔余談〕 その後 Googleの撮影車 尾八重神社近くに来たのです。 → Google ストリートヴュー






平成20年 頂いた資料

(4枚は当方撮影提供写真)




宮崎の神楽 祈りの原質、その伝承と継承

*** 宮崎の神楽に関するお勧め本の紹介 ( 私の愛読書です。) ***

宮崎の神楽 祈りの原質、その伝承と継承
山口保明著
みやざき文庫2 出版社: 鉱脈社 単行本: 329ページ
高千穂から日南まで県内の代表的な神楽を紹介。

目次ページを作りました。 → 目次のページ

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国道沿いにあった、ひむか神話街西都市周辺案内板

当サイト内、関連ページリンク

(1) 銀鏡神楽
(2) 尾八重神楽
(3) 有楽椿の里
(4) 尾八重の一本杉
(7) 高取山公園ミツバツツジ
(8) 西都原考古博物館 (西都原古墳群
(10) 記紀の道
(11) 日向国分寺跡木喰五智館
(14) 都於郡城跡(とのこおり城跡)


ページ作成にあたり、この解説書も参考にしました。

尾八重神楽解説書
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